目を汚すか、耳を汚すか

土曜日 , 24, 6月 2017 Leave a comment

外には暴風雨が吹き荒れている。
こんな日はどうしていたっけ。

基本的に雨の日は行動が大きく制限されるのでよろしくない。
なので、試しに今日からブログを始めてみて、不定期更新ではあるけれど、雨が降ってやることがないときに限り日常に関する適当なことを書き連ねていこうと思う。

今日は朝から歩いていたが、予報通り雨脚が強まってきたので帰ってきて撮り溜めたバラエティやらアニメを観ていた。
最近は時間さえあればYouTubeばかり視聴していたせいかYouTuberに関して無駄に詳しくなってしまった。
HIKAKIN、ヒカル、ラファエル、禁断ボーイズ、カブキン、シバター、桐崎栄治など、それぞれ系統は違えど個性があって面白く、何より観ていて飽きさせないでいてくれる。

上記の中には既に引退してしまった者もいるが、彼らに共通して言えるのは「次を期待させてくれる」ことだ。
ときに感動すら与えてくれる彼らは正真正銘のエンターテイナーであることに変わりはない。
それに引き換え、テレビはどうだろうか。

芸能人と名乗るのは結構なことだが、実際に能がある有名人はほんの一握りしかおらず、その他大勢は烏合の集だ。
一握りの実力派も、レギュラー番組を複数抱えていたり露出が多いと次第に飽きられてくる。
そうは言っても、演出面や企画面では地上波に叶うメディアは中々ない。

しかし、昨今のネットやテレビは決して人の人生を豊かにはせず、テレビやネット上で目に入るものの99%はゴミばかりだ。
もっと言えば、店で売られている商品までも世の中にあるほとんどのものはゴミだ。
私たちは、普段次から次へと溢れ出てくるゴミの中で生きている。
ゴミから目を逸らす手取り早い方法がある。

ラジオを聴くことだ。
一応断っておくが、わたしは決してラジオ信者ではない。
ラジオ信者ではないが、もはやYouTubeやテレビと同様に「無いと困る」程度には常日頃からありとあらゆるラジオ局の様々な番組を聴き込んでいる。

ライブを聴いているうちに、ゴミ溜めのような目の前の光景などどうでもよくなってくるのだ。
ラジオ自体、決して上品なものではなく、場合によってはテレビやネット並みに下衆な内容の番組や表現内容であることには変わりない。
しかし、普段ゴミのような番組を見せつけて受信料を徴収するテレビ局、ゴミのような記事を読ませてわずかな報酬を得る3流記者に比べれば、流れ出る音にはどこか清々しさを覚える。
内容はどうであれ、パーソナリティやアシスタント、ゲストの声に耳を傾けているうちに、意識的に目の前の代わり映えのしない風景から逃避することができる。

今の世の中、清廉性や人間性だけでは生きてはいけない。

多くの人間は生きているうちに汚れていくが、どこを汚して、どこを汚さないかは選ぶことができる。
私は目を汚さないために耳を汚す。